02 大切な人

 結婚して23年余りが過ぎました。何度,衝突したか覚えていません。奥さん(またの名を女王様)が私に愛想を尽かして,家を出ていきかけたことも何度かありました。でも最近,心の底から思います。

 

この人と一緒になって良かったな。

 

 私たち夫婦は,なかなか子どもに恵まれませんでした。同じ時期に結婚した友人たちはどんどん親になっていきます。そのうち子宝に恵まれるだろうと思っている内に,時間だけが流れていきました。結婚して約2年の月日が流れた時のことです。病院に行って検査を受けて,厳しい現実を知らされました。自然妊娠で子どもを授かる可能性は限りなくゼロに近いという現実を。

 最初に体外受精をしたのは1999年のことです。もう20年以上前のことなので当時のことはほとんど何も覚えていません。ひとつだけ覚えているのは妻が苦しんでいたことです。突然の腹痛を訴えて,病院へ駆け込んだことだけは今でも記憶に残っています。その時は結局,子宝には恵まれませんでした。

 これでようやく親になれるという大きな期待を持って取り組んでいたので,ダメだったと分かった時はショックが大きく。しばらくの間,何もやる気になれませんでした。その後,不妊治療についての話題は我が家ではタブーとなりました。

 2005年に我が家に家族が増えました。ミニチュアダックスフンドのももちゃんです。その頃,奥さんも私も子どもを持つことをあきらめかけていました。私は39歳,妻は33歳になっていました。そんな妻と私の気持ちを変えてくれたのはももちゃんです。守るべきものがいるということが,生活をどれだけ豊かにしてくれるのかをももちゃんは私たちに教えてくれました。

 2006年3月のことです。ほぼ7年ぶりに体外受精に再度,チャレンジしました。そしてその年の11月に長女が生まれました。当時の写真を見ると,娘とももちゃんが一緒に写っている写真がたくさんあります。赤ちゃんと犬を一緒にしてはいけないという助言をしてくれる人もいましたが,私たちにとってはももちゃんも大切な家族の一員です。娘のそばでももちゃんが気持ち良さそうに寝ている写真は,今見ても癒されます。

 2007年の春頃から家族3人とももちゃんとで,お出掛けするようになりました。初めて遠出した時は大変でした。走り始めて30分くらいで,ももちゃんが車酔いしてしまいました。車を止めてしばらく休憩,ももちゃんを散歩させて娘にミルクを飲ませてから再び走り始めました。10分もしないうちに,車の中に嫌な臭いが広がりました。「やれやれ」と思いながら車を停めて娘のオムツを交換。時計を見ると自宅を出発してから既に2時間近くが経っていました。しかし,自宅からまだ30㎞程度しか走っていませんでした。

 

 そして,平成24年2月には息子を授かりました。息子は私の誕生日に生まれてきました。生涯最高の誕生日プレゼントです。

 

 一人目の子を授かるまでに9年間,そして二人目の子を授かった時は結婚してから15年の月日が流れていました。娘は中学校2年生,そして息子は小学校3年生です。友人の子どもの多くは既に大学生です。子どもが社会人になっている友人もいます。

 我が家の子育てはまだまま続きます。年を取ってから子どもができた夫婦は老後破産する可能性が高いとネットで見つけた記事に書かれていました。ネットにはこんなふうに人々の不安な気持ちを煽り立てるような記事で溢れています。私は決して心が強いわけではありませんが,このような記事を気にしない方です。なぜでしょうか。心配しても仕方ないことを心配するのは時間の無駄だと思っているからです。

 もしかしたら10年後,あるいは20年後に経済的に困窮しているかもしれません。大病を患っているかもしれません。でもそれを今,心配して何になるのでしょうか。経済的に困窮したくないので毎月,ささやかですが貯金しています。病気にならないように食生活には気をつけています。今できることに全力で取り組めばいい。それだけのことです。

 私が物事をこんな風に,いい意味でおおらかに考えることができるようになったのは,結婚してからです。かつては少しでも物事が思っていた通りに進まないと,イライラして心のバランスを失っていました。

 大切な人と一緒に過ごす時間は,私たちの幸福感を高める効果を持っています。大切な人と一緒にいるだけで,いつもの場所が特別な場所になるのです。私の場合,奥さんと一緒にいると,近所のいつもの散歩道やスーパーが特別な場所に変わります。幸せな気持ちで満たされます。同じ場所へ1人で行くこともあるので,感覚の違いがとてもよく分かります。

 大切な人がいるから仕事も頑張れるのではないでしょうか。でも時々,そのありがたさを忘れてしまう時があります。人間は大切な人に冷たい態度を取ってしまう矛盾した生き物なのでしょう。

 時々,振り返ってみましょう。自分が頑張れているのはなぜなのか。自分がどんな時に幸せだと感じているのか。きっと大切な人の存在が思い浮かぶはずです。